よくわかるSDGs講座シリーズ | アジア・アフリカの保健医療の現場を中心に、SDGsの全体像を習得し、企業・教育現場・市民社会などでSDGsを推進するためのヒントを探すための講座シリーズです。

第7回講座 データから政策へ

講演1「バングラデシュにおける母子手帳普及の可能性とSDGs」
蓋若琰(国立成育医療研究センター 政策科学研究部室長)


【講演要旨】 本講義ではバングラデシュ農村で実施したランダム化比較対照試験の例を通して、同国における母子手帳の普及及び母子保健関連SDGs達成の可能性について皆様と一緒に考えた。バングラデシュは健康関連の国連ミレニアム開発目標をほとんど達成した一方で、過去20数年において大きな進歩を示したにもかかわらず、目標5である妊産婦死亡率の低減を達成しなかった。また、新生児死亡率の低減の進捗がほかの年齢別の乳幼児と比べて遅い。新生児死亡率は1000人当たり24.4であり、新生児死亡数が5歳以下乳幼児死亡数に占める割合が1991年の39%から2012年の60%に上がってきた。このような高い妊産婦死亡率と新生児死亡率の裏には、母親の教育水準と社会的地位、妊娠前 及び妊娠中の栄養状態、経済成長と世帯収入、ヘルスシステムなど深刻な社会的要因がある。直接な要因として、妊婦健診、専門的技能を持つヘルスケア提供者、医療施設に基づく周産期ケア、家族計画など妊娠、出産と生殖ヘルスに関わる基本的な保健医療サービスへのアクセスの確保は、妊産婦及び新生児ヘルス向上に不可欠である。
 母子手帳は日本発祥の制度で、これまで日本国内だけでなく、発展途上国でも展開している。その利点はサプライサイド(医療施設)とデマンドサイド(患者)のコミュニケーションの活性化、健康状態の記録、母子ケアの継続性の確保などとあげられる。当研究部がモンゴルで実施された世界初のランダム化比較対照試験に続き、バングラデシュ農村においてモバイルと併用した効果の検証も始めた。読み書きのできない方、理解度が限られている方がいることを考えて、母子手帳の利用の強化と必要なケアの利用促進を検討する介入をデザインした。平成30年度末終了する予定で、Narail県Lohagora及びDhaka県Dhamralの二つの地域に居住する妊婦計3,000人を三つのグループ:介入1(モバイル+母子手帳)、介入2(母子手帳)、対照に割り当てて、介入の効果を検証する。デザインの優位性、また経済性の検討によって、当該国における母子手帳の導入に一助する。発展途上国において、モバイルプラットフォームを利用したコミュニティレベルのデータ収集は政府統計の不足・不備への補完も期待される。
 現時点では、病院で出産が増えるとともに、帝王切開を受ける比率も高くなったことを現地調査で見つけた。帝王切開に関する正確な情報は母子手帳には入っていなく、今後の課題の一つだと思われる。もう一つ気になるのは、妊娠糖尿病を含む生産年齢の女性を対象とした慢性疾患の予防である。SDGsの時代では、乳幼児死亡率の低減とともに胎児期、乳幼児期の早期介入、Child Early Developmentの課題も提起されて、いずれも短期よりも長期的なインパクトを推定する方法論的な工夫が必要となる。

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講演2「住民登録と人口動態の問題:ケニアでの活動から」
金子聰 (長崎大学大学院 熱帯医学研究所教授)


【講演要旨】 住民登録と人口動態を把握することは、日本では普通のことですが、途上国においては普通ではありません。とくに、アフリカと東南アジアを中心にそれらが存在しないことから、世界的に、住民登録と人口動態統計を広めようというキャンペーンが世界的に展開されています。しかも、住民データ、人口動態統計データの整備は、SDGsの達成目標評価にも必要です。例えば、「全ての人々に子供に、すべての女性に何々を」等、SDGsの多くには、これらの数値を必要とする目標が設定されています。
 人口は、「静態的統計」「動態的統計」の二通りがあります。前者は、国勢調査をはじめとしたある時点での人口データであり、人の動き、例えば、移動や出生、死亡などが人口動態データです。国勢調査は、途上国各国においても、かなり実施されていますが、定期的に実施されないこともあり、その精度も問題となっています。一方で、人口動態を収集する仕組みは、ほとんど途上国では整備が進んでいません。そのような仕組みが無いことにより、SDGsの目標達成の評価が出来ないのみならず、根拠に基づき政策を決定するプロセスがとれず、さらには、住民サービスの整備も遅れています。
 そこで、住民登録や人口動態を把握する仕組みを研究として、長崎大学熱帯医学研究所ケニアプロジェクト拠点の調査フィールドにおいて構築し、それを一般化し、広く人口データや住民登録に応用できないかという研究を長崎大学では展開しています。まず、途上国での住民登録に問題となるのが、住所がないことです。そこで、GPS(全地球測位システム)を用いて、緯度経度で各世帯を登録しています。しかし、緯度経度で調査員に位置を示しても、理解しにくいことから、住所の仕組みとして、その地域に碁盤状の網目(グリッド)を作り、さらにその中にもう一つ網目(サブグリッド)を作り、何丁目何番地という様な形の運用をしています。ラオスでも同じ仕組みを応用しています。ただ、集落の状況がケニアとラオスでは異なり(ケニアでは、家屋が散在している)、村に密集している事から、碁盤上システムを用いず、家屋番号を入れたQRコードを各世帯の壁に貼り、それを読み取りながら調査する仕組みを構築しました。  
 さらに、途上国での問題に、個人同定の問題があります。名前が変わったり、綴りが幾つかあったり、同姓同名が多かったり、生年月日が不正確であったり、前回調査した個人が、次回に調査した個人と同じであるかの確証が持ちにくい。また、複数の調査データを連結する事も難しい。そこで、生体認証(静脈認証、指紋認証や顔認証)を保健データのIDとして使えないかという検討もおこなっています。
 当初、このケニアでの試みでは、妊婦さんは外部の人に妊娠を告げない風習があることから、出産の把握、新生児の把握が非常に難しかったのですが、ケニア大統領夫人が非常に母子保健に興味を持っていて、母子保健に係るサービスはすべて無料になりました。そこで、多くの妊婦さん、お母さんは子供を連れて保健所(診療所)に来るようになりました。つまり、妊娠、新生児の把握が保健所において行えるようになりました。そこで、保健所において母子手帳の情報を登録するシステムというのを作りました。現在、ケニアで試験的運用をしています。
 今後、データから政策へということで、調査用に構築した情報システムを、他の地域においても広げられるような「一般化」を目指しています。住民登録と人口動態統計の仕組み、母子登録システムも一般化させ、多くの途上国でも稼働可能な仕組みを作っていきたいと思っております。

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